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お知らせ

近視進行抑制に関するEBM(根拠に基ずく医療)

2022年03月22日


近視人口の変動(学童期の近視抑制を中心に説明いたします。)
(以前のお知らせで掲載させていただいた内容を川崎医科大学 長谷部先生の論文から引用して詳しく解説いたします。)

過去50年間で近視は世界中で増加してきています。2000年の全世界の近視人口は13億人、強度近視は1.6億人と推定されていますが2050年にはそれぞれ49億人、9.4億人となり強度近視の人口は5.8倍へと急増すると予測されています。(いずれも学童期に進行が始まりだす場合がほとんどです)近視が強度になるほど眼軸長は伸展し黄斑変性、網膜剥離、緑内障などの失明につながる疾患が発症するリスクがたかまります。学童期の近視進行を予防することが最も重要だとかんがえられています。

近視進行抑制治療の根本原理 
なぜ学童期に近視が進むかという疑問については,水晶体屈折説と眼軸長説の二者があり,かつて我が国でも論争がありました。屈折説は,経験則で示される近業と近視の因果関係を考えると理解しやすいと思われます。ところがその後,眼軸長測定を含むバイオメトリー技術の進歩により,近視進行速度と眼軸長の伸展速度には高い相関がみられることが明らかとなり,近視進行は主に眼軸の過伸展に原因があることが定説となっています。それなら,近業はなぜ眼軸を過伸展させるのだろうという疑問がでてきます。
Wieselらの形態覚遮断近視(form-deprivation myopia)やSmithらのレンズ誘発近視(lens induced myopia)など,動物モデルによる多数の近視化実験(Smithらは,過去20年間に700匹の子ザルからデータを得ました)により,眼軸長の視覚制御(visual  re regulation of axial length)の詳細が明らかになりつつあります。すなわち発達途上の眼球は,与えられた視覚的環境に合わせて眼軸長を制御する一種のホメオスタシスが備わっていて,ここではクリアな網膜像が眼軸伸展の停止信号,網膜後方へのデフオーカスが眼軸の伸展を加速させるトリガーの役目を果すとすと考えられます。
網膜後方へのデフオーカスから強膜細胞外マトリックスの再構築と結合組織のスライディングに至る神経生化学的カスケードについても,すでに多数の基礎研究が報告されています。
 しかし眼軸長の視覚制御が存在するとしても,そのトリガーとなる網膜後方へのデフオーカスはなぜ起こるのだろうという疑問がしょうじます。最初の仮説としてはGwiazdaらの調節ラグ説があります。調節は,視距離の変化という外乱に対して網膜像を鮮明に保とうとするフィードバック制御であると考えられています。ところが実際に調節反応を測定すると,生物学的な制御であるがために,一定の誤差がみられます。調節安静位(遠点に対して0.5~1.5D近方に)を起点に,視距離が短くなるとともに,調節反応は鈍り,網膜後方へのデフオーカスすなわち調節ラグ(1ag of accommodation)が増大します。調節ラグがトリガーになると考えれば,近業がなぜ眼軸を過伸展させるかを理論的に説明できます。
動物の視野の一部に凹レンズや半透明膜を装着させると,これに対応する網膜のみに眼軸長の過伸展が起こることが発見されました。この実験結果は,眼軸長の視覚制御は中心窩に限られた機能ではなく,網膜全体に及び,局所的に機能することを示しています。たとえ正視眼であっても眼球の形状には個人差があり,前後に長く網膜の曲率半径が小さい(プロレートな)形状であれば,中心窩で合焦するとき,周辺網膜では焦点曲面(image shell)との食い違いによって後方へのデフオーカスが生じます。また眼鏡レンズでは一般に,周辺視野から来る光線はレンズを斜めに通過するため,非点収差の発生とともにマイナスパワーが低下します。.その結果,周辺網膜では後方へのデフオーカスが起こりやすくなります。
 これまでRCT(:randomized control traial )が実施された近視進行抑制治療の大部分は,こうした眼軸長の視覚制御の働きを利用または前提とするものです。
              
コンタクトレンズ
1.多焦点ソフトコンタクトレンズ
 2010年頃から,多焦点ソフトコンタクルンズ(multifocal soft contactlens:MSCL)を用い
た比較対照試験の成績が報告されるようになりました。使用されたのは中央遠用のMSCLで,単焦点SCLを対照とするRCTに限ると屈折度と眼軸長でそれぞれ平均26~77%と25~79%の抑制効果が報告されています。治療機転としてはRRG(Radial Refractive Gradient)レンズと同様,周辺視野から入射する光線は加入度数(+0.5~+2.5D)を持つ領域を通過することから,周辺網膜で後方へのデフオーカスを軽減できると考えられます。しかしMSCL装用に伴う高次収差が抑制効果をもたらせているとする意見もあります。現在も米国で,3年間の大規模RCT(Bifocal Lenses In Nearsighted Kids:BLINK)が進行中です。

2.Defocus incorporated soft contact lens(DISC)
 DISCレンズは瞳孔領に遠用部と近用部が同心円状に交互に配置されたSCLで,軸上および網膜周辺部で網膜前方へのデフオーカスを組み込むことがでます。DISCを用いたRCTは一貫して好成績を示しており3年間の平均抑制率は屈折度と眼軸長でそれぞれ59%と52%でした。・すでに欧州では,近視進行抑制コンタクトレンズ(MiSight ,CooperVision社)として市販されています。

低濃度アトロピン硫酸塩点眼
通常濃度(0.5~1%)アトロピン硫酸塩点眼液が強力な近視進行抑制効果を示すことは,古くから知られています。・治療機転にはなお議論がありますが,動物モデルにおいて形態覚遮断近視を強力に抑止することから,調節麻痺作用によるものではなく,綱脈絡膜にあるアセチルコリン神経受容体を阻害することで,眼軸長の視覚制御を無効にするとする説が有力となっています。しかしアトロピン硫酸塩点眼には,散瞳による差明,調節麻痺による近見障害,全身的副作用があるため,学童に対する予防的治療として用いることには倫理上の問題があります。また治療中止によりリバウンドがみられること,一部に治療に反応しないノン・レスボンダーが存在することなども問題視されていました。ところが2012年,シンガポール国立眼科センターが実施したRCT(Atropine for the Treat-Ment of childhood Myopia:ATOM2)において,濃度を50~100倍に希釈した0.01%アトロピン硫酸塩点眼液が,平均60%の近視進行抑制効果を示すことが報告されました。問題となる副作用がないこと,また治療中止後のリバウンドが小さいことも,治療上の利点と考えられます。とはいうものの報告された抑制効果は,先行研究であるATOM1の偽薬点眼群との比較から得られた値であり,エビデンスレベルとしては十分とは言えないものでした。2つの試験の間には,ベースラインの平均屈折度,点眼方法,眼軸長測定方法に差がみられたうえさらに眼軸長については抑制効果が得られておらず,強度近視の合併症を予防するという治療本来の目的からは逸脱していると思われます。
 0.01%アトロピン硫酸塩点眼に関する正式なRCTは2019年の報告(Low-ConcentrationAtro-pine for Myopia Progressio:LAMPstudy)を待つ必要がありました。しかし意外にも1年間の平均抑制率は屈折度で27%と,ATOMの報告の半分にも達しませんでした。眼軸長では平均12%の抑制効果が得られ,予防的治療としての一定の有効性は示されました。抑制率は点眼濃度に依存し,0.05%アトロピン硫酸塩点眼液では平均67%まで増大しました。だが濃度依存性に副作用は強くなり,またATOMで示されたように,治療中止後のリバウンドも大きくなる可能性があります。単純に濃度を高めれば有益であるとは言い切れないということです。我が国でも7大学共同のRCT(ATOM-J)が実施されました,しかし2019年の国際近視学会で報告された0.01%アトロピン硫酸塩点眼治療の2年間の抑制率は,屈折度と眼軸長において,それぞれ平均15%と18%にとどまり、ほぼPAL(累進屈折力眼鏡)に相当する抑制効果と言えます。 
 
屋外活動
学童期の近視発症や進行には遺伝因子と環境因子の両者が関与しています。大規模な横断的研究やコホート研究からは,これを裏づけるさまざまなエビデンスが得られています。
屋外活動が多いほど,逆に近業強度(読書や書字の距離,時間,姿勢など)が弱いほど,近視発症率は低くなります。興味深いことに,両者は単純にレシプロカルな関係にあるわけではなく,近業の程度が強くても屋外作業を十分とることで近視発症率は抑制されることが報告されています。屋外活動がなぜ近視発症を抑制するかには諸説あり,結論は得られていません。必要な屋外活動の時間,至適地線強度や波長,屋外で行うべき作業の内容,さらに近視の発症だけでなく
進行も抑制できるかなどについても,基礎的・臨床的研究が現在も続いているます。
2010年頃に登場したスマートフォンは,学童の視覚環境を大きく変えました。教育現場でも,タブレットPCが授業に導入され始めています。スマートフォンの活字サイズは一般に印刷物より小さく,視距離が短くなれば調節ラグは大きくなります。また明所では使用しにくいため,屋外活動が制約される可能性もあります。逆に,画面が狭く,映像は画面より遠方にあるため,周辺網膜では網膜後方へのデフオーカスか取り除かれ,抑制効果になるという意見もあります。この視点から学校保健調査の推移を眺めてみると,スマートフォン普及率と軌を一にして,2010年頃から近視の増加傾向は加速しているようにもみえます。ベネッセ教育総合研究所の調査によれば,スマートフォン利用は乳幼児に及んでおり,累積効果により増加傾向はさらに加速を続けるのか,それともランダム変動内にとどまるのか,今後の推移が興味深いところです。
 従来の疫学調査では,環境因子の評価はアンケート調査に頼ってきました。しかしアンケートの回答は必ずしも現実を反映していないとする懸念もあります。近年,眼鏡枠に取り付けて視距離と照度を連続的に記録する超小型デバイス(Clouclip)などが製品化され,臨床研究に応用されつつあります。バイタルセンシング技術の進歩により今後,戸外活動やスマートフォン問題を含めて近視進行の環境因子について,さらに信頼性の高い,詳細な情報が報告されると期待されます。

今回近視進行にかんする知見や予防法などの研究結果を紹介させていただきましたがこれらの研究の成果にもとずき将来近視、とくに高度近視の予防ができるよう期待したいところです。